マカロニ ウエスタンあのなつかしのマカロニウエスタンの映画、音楽、調べてみたい西部などたくさんの クリストファー フレイリング
セルジオ・レオーネ―西部劇神話を撃ったイタリアの悪童
「リーン……リーン……リーン……」。レオーネの遺作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の開幕で執拗に鳴る電話のベルと同様に、この書物も、著者フレイリングのもとにセルジオからかかって来た電話の呼び出し音によって始まる。そこから読者は一気にこの「お伽噺」の虜になっていく。といっても本書はフィクションではなく、イタリアの映画監督セルジオ・レオーネの評伝である。だが第一章の発句「アクション!」から第十二章の結語「CUT!」まで、あたかも彼の映画を見ているかのような――文中表現を借りれば全てのレオーネ映画を「組み合わせて、万華鏡でのぞいたような」(279頁)――仕上がりとなっている。著者は、遺された文献資料の丹念な調査に加え、レオーネ本人ほか多くの関係者に対するインタビューから、彼の生い立ち、そして数々の作品の製作過程を再構成してくれている。「映画作家としての私の務めは大人のための寓話を、成人のためのおとぎ話を作ることだったんだ。映画を撮るということに関して、私は人形を操る人形使いなんだと感じていた」(23頁)や「最初に映画を見た観客は刺激的な映像を経験する。〔略〕二度目の観賞で、観客は映像の根底にある語りを、よりよく理解するというわけだ」(145頁)などは、彼の映画観および映画作法を如実に伝えている。しかし他方でレオーネは相当に誇張癖のある人間でもあり、他の関係者の回想と齟齬をきたすことが度々ある。「セルジオは教養のない天才だ」(390頁)というコメントもある。しかしそれらの事実の誤差を欠点とみるより、大げさな語り=騙りとして存分に楽しむことが重要ではないか。最初にこの本が「お伽噺」であると書いたのはそういう意味だ。訳文は読みやすい。だが誤字脱字が散見されるのが残念。とまれ、「映画には決して現れないであろうものを見」(495頁)た、一人の男の生き様は、ただただ圧巻である。
まずこの本は高いので、セルジオ・レオーネという名を聞いてピクリとも来ない人は買わないほうが良いでしょう・・・. |
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